更新日記
―――この地はながく、荒れ果てた状態にあった。
藤原氏が治めるようになるまでは、朝廷にまつろわぬ者どもが追いやられていく場所であり、治めてより後も、権力争いの場となった。
初代の頃の柳ノ御所は、空堀を設けた軍事基地だったほどである。
それらを憂えた先代の基衡は、各所に寺院を建て安寧を願ったといわれている。
それをまた、当代―――秀衡も継承したといわれているが、泰衡から、そうした平和思想は読みにくい。
呼ばれたはずの望美だが、先に来客があるとかで、だだっ広い場所に長々と一人で待たされた。
途中、銀が気遣ってくれたのか、お茶と菓子が差し入れられたが、そんなものでほだされたりはしない。
ほだされたりしないために、お腹はがっつり御粥でうめてあるのだから、と望美はそれらを脇に退けて、一段上に設えられている、泰衡が座るのだろう場所をじっと見つめていた。
(来るなら来なさい!)
泰衡は、九郎の友人であり、この平泉の総領で、望美にとって別に敵でも何でもないはずなのだが、どうしても身構えてしまう存在である。
だが、敵でもないのは分かっていることだから、そんなに身構えていたとしても、いつまでも持続するはずがない。
来ない泰衡、お茶の湯気、添えられた菓子の可愛らしい色合いなどが望美を妙に誘いかけた。
(み、見ちゃ駄目よ)
望美は自分を自制する。
ちなみに、別にお茶や菓子に毒など入っていないことは、望美にも分かっている。
あの男は、そんなにせこい真似はしない。
分かっているだけに、望美の心はぐらぐら揺れた。
御粥は確かにがっつり食べたが、女子にとって甘味は別物・別腹なのである。
(ま……負けちゃ駄目)
これを食べたところで誰に咎められることもないはずなのに、一度食べないと決めたせいか、望美は意固地になっていた。
だが、同じくらい強く、お菓子は望美を誘惑した。
望美だって甘味はもれなく好きだが、それにしたって、いつもはこんなには誘惑されないのにどうしたことだろう。食べたい。
この菓子の桃色具合が何とも可愛い。
お茶の緑と相俟って、本当に食欲をそそる。
「ちょ、ちょっとだけならいいかな……?」
未だかつてない誘惑に負けて、望美が手を伸ばしかけたときだった。
「いくらでも好きに食べられよ」
望美の背後から冷たい声音が降ってきて、望美は眉根を顰めた。またなんというタイミングで。
「………食べません」
「では、その伸ばされた腕は何なのだ」
「こ、これはちょっと押しやろうとしただけです」
「充分に横に押しやられているように見えるが?」
「…………」
うまい言い訳も思いつかなくなって、望美は黙って手を引っ込め、円座に座り直した。
泰衡も何食わぬ顔で設えられた席に腰を下ろす。
微妙な沈黙を切り裂くように、泰衡が口を開いた。
「随分とお待たせしたようで、失礼した、神子殿」
「―――いえ…」
まだこの時空では会ってはいないが、いかめしい顔つきとは裏腹に取っつきやすく、豪胆な秀衡と比べ、どこまでも冷たい印象が泰衡にはある。
望美はできるだけ言葉に気をつけることにして、表情を引き締めた。
……わざわざ呼び出されたのは、初めてだ。
「それで、何の用件でしょうか」
固い表情で口を開いた望美に、泰衡は嘲笑めいて囁いた。
「―――ふ、そう固くならずともよいだろう。貴女にはいくつか聞きたいことがあるだけだ」
「聞きたいこと……?」
望美は眉を潜める。―――きっと、碌なことではあるまい。
こんな感じで、泰衡と望美は延々延々平行線をたどります。
二人とも、己の守りたいもののためにはとても禁欲的で、そこに入る横槍を嫌います。
まっすぐだからこそというか・・・
二人にとって、己の恋心、とはその横槍に見えるのかもしれません。
藤原氏が治めるようになるまでは、朝廷にまつろわぬ者どもが追いやられていく場所であり、治めてより後も、権力争いの場となった。
初代の頃の柳ノ御所は、空堀を設けた軍事基地だったほどである。
それらを憂えた先代の基衡は、各所に寺院を建て安寧を願ったといわれている。
それをまた、当代―――秀衡も継承したといわれているが、泰衡から、そうした平和思想は読みにくい。
呼ばれたはずの望美だが、先に来客があるとかで、だだっ広い場所に長々と一人で待たされた。
途中、銀が気遣ってくれたのか、お茶と菓子が差し入れられたが、そんなものでほだされたりはしない。
ほだされたりしないために、お腹はがっつり御粥でうめてあるのだから、と望美はそれらを脇に退けて、一段上に設えられている、泰衡が座るのだろう場所をじっと見つめていた。
(来るなら来なさい!)
泰衡は、九郎の友人であり、この平泉の総領で、望美にとって別に敵でも何でもないはずなのだが、どうしても身構えてしまう存在である。
だが、敵でもないのは分かっていることだから、そんなに身構えていたとしても、いつまでも持続するはずがない。
来ない泰衡、お茶の湯気、添えられた菓子の可愛らしい色合いなどが望美を妙に誘いかけた。
(み、見ちゃ駄目よ)
望美は自分を自制する。
ちなみに、別にお茶や菓子に毒など入っていないことは、望美にも分かっている。
あの男は、そんなにせこい真似はしない。
分かっているだけに、望美の心はぐらぐら揺れた。
御粥は確かにがっつり食べたが、女子にとって甘味は別物・別腹なのである。
(ま……負けちゃ駄目)
これを食べたところで誰に咎められることもないはずなのに、一度食べないと決めたせいか、望美は意固地になっていた。
だが、同じくらい強く、お菓子は望美を誘惑した。
望美だって甘味はもれなく好きだが、それにしたって、いつもはこんなには誘惑されないのにどうしたことだろう。食べたい。
この菓子の桃色具合が何とも可愛い。
お茶の緑と相俟って、本当に食欲をそそる。
「ちょ、ちょっとだけならいいかな……?」
未だかつてない誘惑に負けて、望美が手を伸ばしかけたときだった。
「いくらでも好きに食べられよ」
望美の背後から冷たい声音が降ってきて、望美は眉根を顰めた。またなんというタイミングで。
「………食べません」
「では、その伸ばされた腕は何なのだ」
「こ、これはちょっと押しやろうとしただけです」
「充分に横に押しやられているように見えるが?」
「…………」
うまい言い訳も思いつかなくなって、望美は黙って手を引っ込め、円座に座り直した。
泰衡も何食わぬ顔で設えられた席に腰を下ろす。
微妙な沈黙を切り裂くように、泰衡が口を開いた。
「随分とお待たせしたようで、失礼した、神子殿」
「―――いえ…」
まだこの時空では会ってはいないが、いかめしい顔つきとは裏腹に取っつきやすく、豪胆な秀衡と比べ、どこまでも冷たい印象が泰衡にはある。
望美はできるだけ言葉に気をつけることにして、表情を引き締めた。
……わざわざ呼び出されたのは、初めてだ。
「それで、何の用件でしょうか」
固い表情で口を開いた望美に、泰衡は嘲笑めいて囁いた。
「―――ふ、そう固くならずともよいだろう。貴女にはいくつか聞きたいことがあるだけだ」
「聞きたいこと……?」
望美は眉を潜める。―――きっと、碌なことではあるまい。
こんな感じで、泰衡と望美は延々延々平行線をたどります。
二人とも、己の守りたいもののためにはとても禁欲的で、そこに入る横槍を嫌います。
まっすぐだからこそというか・・・
二人にとって、己の恋心、とはその横槍に見えるのかもしれません。
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